ふらんす堂
1995年
これは地元の図書館にたまたま置いてあった句集。
解説で仁平勝が「懐かしさ」を称揚していて、個人的にもたしかに「家中に蒲団は敷かれ倒れ合ふ」という句など、今こういう日本家屋へのノスタルジアがどれだけ共有されうるかわからないのだが、無類に懐かしい。この特長が同時に対象を自分に属領化させてしまう危険にも繋がっているので、両刃の剣ではあるのだが。
葱を裂き父を忘れてゐたりけり
山も昼や臼の襞より豆こぼれ
無花果の腸も盛りや遠い午砲(ドン)
倒れしは一生涯のガラス板
校庭に十薬茂るわが戦後
いぢめ尽せし弁当箱よながむしよ
元日の生木を燃やす白煙
切れ際をひとひかり裸電球は
縁側に足出して寝て桃の花
缶ビール或る機械より落ちにけり
東京の殴られ強き男かな
灰となる新聞紙のかたちかな
家中に蒲団は敷かれ倒れ合ふ
近づいて来るわたくしや蛍の火
彼の空のなれの果てなる蓮の葉よ
山々をつかまり歩く秋の暮
昼顔よ畳の上は匍つてゆく
炎えながら藁立ち上る秋の暮
かく反りてポテトチップス秋の風
いつさんに来る雪片や顔に肉
体温は顔を離れて梅にゆく
電線の先に家あり夏の月
想念に浮かびし壜に蠅とまる
天井はずい分広し下る蜘蛛
俳人に長生きの芸蠅叩き
外出するたびに家あり桃の花
仕合せやトマトの汁が横に飛び
鶏頭や影を辿れば人がをり
服薬の男と女咳をして
風呂敷に飛ぶちからなく薄原
桑原三郎…昭和8年6月6日、埼玉県生まれ。「馬酔木」「野火」に投句の後、中断を挟んで昭和46年今坂柳二らと「つばさ」創刊、編集人となる。48年「俳句評論」同人、49年「渦」入会、後同人。50年第4回「六人の会」賞受賞。55年現代俳句協会賞受賞。56年赤尾兜子急死後「渦」退会。57年同人誌「犀」創刊。編集発行人となる。句集に『春亂』『花表』『龍集』『晝夜』『俳句物語』。
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