閑中俳句日記（別館） －関悦史－

【十五句抄出】川嶋一美句集『円卓』

2021年4月
本阿弥書店

　『円卓』は川嶋一美（1949 - ）の第2句集。栞文：中原道夫。

　著者は「沖」「青垣」を経て同人誌「なんぢや」会員。

 

 

春の山饂飩の玉が湯にほどけ

ゆらゆらと来たるは力士水温む

春落葉沼の面に重なりて

竹の秋五目ごはんのくらきこと

一人静ひとりしづかと唱へけり

葉桜や本屋一軒あれば町

かたつむり渦をきれいに眠りゐる

医者老いて患者老いたり石蕗の花

日輪を回りやまずよ鳶の恋

円卓の対面とほし青葉雨

敵将の去りゆくごとき夕焼かな

新涼の爪をあらはに猫の伸び

走馬灯こどものかほをさびしくす

茸狩見知らぬ町が灯りけり

冬毛となるものら蕪が甘くなる

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】田代青山句集『三葉虫』

2021年4月
私家版

　『三葉虫』は田代青山（1949 - ）の第4句集。

　著者は「梟」同人。

 

 

太陽の塔の猫背や春疾風

蝶の昼ピッツァの縁の力瘤

一世紀煮しめたやうな夏暖簾

切立ての石の匂ひや朝ぐもり

をばちやんの爆笑隊や芋嵐

出水川老はにはとり歩きして

卓袱台のやうなるピザや雲の峰

磨硝子質のドロップ晩夏光

ゆらぐ万緑大正の硝子越し

秋天へ電光ニュース昇りしまま

銀河系宇宙図からすうりの花

一陽来復日溜りの猫だまり

貫入に染みたる茶渋花の雨

刷毛ほどのキリンの睫毛夏に入る

雲梯に老人垂るる冬夕焼

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】森瑞穂句集『最終便』

2020年9月
ふらんす堂

　『最終便』は森瑞穂（1972 - ）の第1句集。

　著者は「香雨」同人。

 

 

身籠りてをり花の雨浴びてをり

夜の秋の乳飲めばすぐ眠りし子

ワンピースするりと脱げて夏終る

給食の時間はじまるヒヤシンス

落葉踏む森は獣の匂ひして

花冷の指もて頬に触れらるる

洗顔の水のつめたきキャンプかな

昼寝より覚めて乳房といふ起伏

海へ来てつひに水着になれずゐる

冷蔵庫開けてばかりの日曜日

雪載せて着きしピザ屋のバイクかな

看板は端から錆びて秋の雨

海遠くなればはづしてサングラス

渡されし鍵にぬくもり夏の雨

台風の過ぎたる夜のバッハかな

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】是永舜句集『間氷期』

2021年4月
書肆山田

　『間氷期』は是永舜（1943 - ）の第1句集。

　著者は「是永駿」の本名で詩集『宙の上』『穏やかな剝離』、訳書に北島『北島(ペイタオ)詩集』『波動』『ブラックボックス』、芒克『芒克(マンク)詩集』『時間のない時間』、戈麦『戈麦(ゴーマイ)詩集』等。

 

 

 

童子ふたり梅の林に遊び消ゆ

天領の雛に恋する大天狗

点となり光となるや揚雲雀

町を出て雨に儚(はかな)き梨の花

浮雲をきのふの蓮に雨蛙

うたれ哭(な)けやさしき夏の雨脚に

万緑の中を金印墜ちゆけり

麦揺れてゐる少年の日の吐息

潮騒や爬虫類のころのきみ

離脱して幽体危ふき暑さかな

栗ご飯お櫃(ひつ)をのぞく吾子と吾

落葉焚く五臓六腑の透けるまゝ

海鼠皿あえかに藍の引かれをり

海月知る海鼠の恋や間氷期

初春や何あらたまる巌(いは)に苔

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】清水逍径句集『海の懐』

2021年4月
本阿弥書店

　『海の懐』は清水逍径（1940 - ）の第1句集。序文：宮坂静生。

　著者は「岳」同人。

 

教壇の意外に狭し山は雪

真夜の風鈴浸水の階下より

即身仏春の光に傾ぎをり

雪代の入りたる海の懐よ

冬浪ののぼりきつたる高さかな

耳の奥より万緑の山の声

母の柩を乗せし橇痕わが戦後

紅梅や佐渡海峡の曇りぐせ

秋出水信濃の濁りもて海へ

枯山の魂は櫟に集まり来

翡翠原石磨く渓音夏はじめ

佐渡見ゆる浜に風聴く秋思かな

雁渡し縄文人は焦げ臭し

原発の再稼働とも大夕焼

木の形(なり)にひしめく闇よ雪解星

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】井上弘美句集『夜須礼』

2021年4月
角川書店

　『夜須礼』は井上弘美（1953 - ）の第4句集。

　著者は「汀」主宰、「泉」同人。

 

蒲の穂を添へて屏風の百草図

ひと網の蛸のうごめく雪の上

寒鯉を摑みて素手のなまなまし

春陰を来るやすらゐの唱へ唄

みづうみの見ゆる高さに内裏雛

虫の音の塊となる古墳かな

たれかれの声の籠もれる竜の玉

春の闇より降ろしたる段梯子

蛍烏賊かもめの嘴に発光す

夏立つや杉戸余さず白象図

寒中の真竹に鉈の打たれけり

口中にミント一粒大青野

みづうみを亘つてゆけり夜の雷

暮れぎはの滝の全長冴返る

賢治忌の標本箱の小石かな

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】森有也句集『鉄線花』

2021年5月
コールサック社

　『鉄線花』は森有也（1941 - ）の第1句集。序文：中西夕紀。

　著者は「都市」編集委員。

 

満開の花の手足を昏くする

湧水に砂の踊れる根白草

日陰れば母の遠のく雪柳

鬣のはや癖毛なる春の駒

紫雲英田や気球は瓦斯の香を残し

影なして千体仏の薄暑かな

老人の列の撫でゆく小判草

田水張る石碑に残る人柱

少年は身を投げたがり草いきれ

草の葉の飛蝗の口のよく開く

台風来一樹の下の生臭き

木は育ち人は老いゆく後の月

独り居に美しすぎる葱の束

枯菊を母の香りと括りけり

老人の尻の寒さや群れてなほ

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五首抄出】平岡直子歌集『みじかい髪も長い髪も炎』

2021年4月
本阿弥書店

　『みじかい髪も長い髪も炎』は平岡直子（1984 - ）の第1歌集。栞文：水原紫苑、正岡豊、馬場めぐみ。

　著者は「外出」同人。

 

 

わたしたち浮浪者だっけ、歯にメモを書いてつぶれたペン先だっけ

茶封筒〈がん検診のおしらせ〉の字は宝石にたとえたら何

からだに穴はあけちゃだめってお父さんが言ってたわたしの耳嚙みながら

ああきみは誰も死なない海にきて寿命を決めてから逢いにきて

夜と窓は強くつながるその先にひとりぼっちの戦艦がある

身のうちに電子回路や針金を感じつつきみに腕を伸ばした

靴下で砂を踏みつつ永遠に着られる服がほしかったのだ

忘れてはいけない人が増えてゆきアパートとなる胴体である

めちゃくちゃに子どもが描いたカラフルな線にも頭蓋骨がほしいね

交番に用事があった顔のまま草木を連れて季節を渡る

コーヒーにミルクを混ぜる分量が日々てきとうな弾丸なのに

靴を脱ぎたったの二歩で北限にいたる心の狭さときたら

この世のどこかにわたしの四肢を継ぎ合わす犯人としてレモンが光る

白いシャツに埋(うず)もれて死ぬ願望のようにひかりに汚されている

視神経の束をあげたいヘッドライトは夜の湿度を切りひらくだけ

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】木田智美句集『パーティは明日にして』

2021年4月
書肆侃侃房

　『パーティは明日にして』は木田智美（1993 - ）の第1句集。帯文：神野紗希。

　著者は「奎」同人。

 

めがね屋のめがねまぶしい更衣

三角の牛乳パック鳥渡る

うららかや齧れば堅いビル三つ

あざらしの鼻のみ水を出てふくらむ

スーパーカブに乗れば敵なし雲の峰

チョコレートに音符のへこみ冷蔵庫

アイシャドウがおいしい夢と秋の蝶

映画のあとの足がふわふわ鳥渡る

河豚の死をみとどける子や髪さらさら

靴下を毛布の底で脱ぐよろこび

クロワッサンの層の多くて梅雨に入る

向日葵のうなじの少し冷えている

柚子は黄に手話サークルは円になる

あした穴を出ようとおもう熊であった

春満月そのした京都アニメーション

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】塩見恵介句集『隣の駅が見える駅』

2021年5月
朔出版

　『隣の駅が見える駅』は塩見恵介（1971 - ）の第3句集。

　著者は2020年6月「船団の会」散在後、俳句グループ「まるたけ」発足。

 

 

チューリップ兄より優し兄の友

リポビタンＤの一滴昭和の日

ハムエッグハムの剥がれて春がゆく

白南風は地球の欠伸モアイ像

サイダーの気泡にペルム紀の記憶

蜜豆も出されて猫の譲渡会

自転車を鳥居に駐めて秋澄めり

我が話メモされており秋の雲

秋晴れのバでハウリングするマイク

花たばこ橋にそれぞれ名があって

橋を焼くように別れて芒原

ノーサイドきみは凩だったのか

フクロウの横にフクロウもこもこす

母マスク子マスク歩くおなかすく

燕来る隣の駅が見える駅

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。