ふらんす堂
1994年
しばらく更新が滞ったが、もう一冊手元の澁谷道句集から抜粋する。
出てすぐの頃に都内の書店でたまたま手に取り、清新で中身の詰まった幻想性に惹かれて読みふけり、そのまま直ちに買って帰った句集だった。
著者については名前も知らなかった。
『嬰』『藤』『桜騒』『縷紅集』『紫薇』『素馨集』の当時の既刊5句集からの抄出を収め、解説は三橋鷹女と金子兜太が寄せている。
踏み咲きし茸の朱をのがれ来る
馬駈けて菜の花の黄を引伸ばす
炎昼の馬に向いて梳る
炎天へ鉄のベンチを引きずり来る
母逝きて夜の石橋すべて石
枯野往診星等率き連れ魔女めきて
城登りつめ逢う武者と秋風と
あつまりて像歪めあふ銀器の秋
枯蔓を引けば鐵鎖となりにけり
春の塔とぶハンカチは私の皮膚
透きとほる熟柿よ墓は奈良全土
ひきしほに二月の景色また痩せる
革椅子にゐてかなかなの一度きり
鳥に死も鳥籠もなき月夜かな
シャボン玉なかの歯車いそがしく
牡蠣殻のように椅子積む餐のあと
サフランに埋もれし父という廃駅
さるすべり亡母と亡父逢う嫉まし
花屋にて遠き河骨を想いおり
寒紅濃く半裸半跏の奈良へゆく
鴨よりも暗くたゆたうよ撞球(たまつき)
触れがたしげんげ田に寝る四童女
古事記よみおり露飴の透明度
果実断面図譜ぶきみなりまどのゆき
「ぶきみ」な果実断面のマニエリスムと清新な「まどのゆき」との取り合わせの句。「まどの」で語り手の生身が室内にあり、いま図譜を繰っていることがわかる。
あわせ鏡のはるか奥から奥から桔梗
合わせ鏡や三面鏡は幻想的な作風の作者に偏愛を呼び、それだけに陳腐化しやすい素材。「奥から奥から」の反覆の湧出感でそれを免れた。「桔梗」も案外動かず、他の花に換えがたい。
ひとしれず敏捷ならむ寒卵
夕焼のうつせみと蝉相識らず
蠟の炎(ほ)のすっくとたちて素足なる
北京秋天刺繍のくつにはきかえて
物蔭も大笑面もあきのかぜ
大笑面は十一面観音の後頭部に刻まれた仏面。秋の風が、この世の見えない面をもさわりつくしてゆく。
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