1996年
花神社
図書館にあった句集『宇佐美魚目 花神コレクション[俳句]』から何句か引く。
宇佐美魚目といえば「すぐ氷る木賊(とくさ)の前のうすき水」等の名吟がすぐ浮かび、春夏の句も普通にあるが、冷たい水や氷の印象が強い。
今回選句集を通読してみたら、父や画家香月泰男との死別を詠んだものなど随分と情味が濃いのが意外だったが、良い意味で非人間的な境地へ抜けた写生がやはり本領。「俳という字は人に非ずと書く」というのは俳人のエッセイの紋切型だが、この手の自意識がちらつくと卑俗で煩わしくなる。
空蝉をのせて銀扇くもりけり
ストーブや金魚は鉢を上下して
滝壺の鮠釣れて来て手のひらに
昼寝より覚め火口湖へ一列に
夏山に勅封の大扉あり
味噌蔵に一塊の雪まろび入り
二つほど海月流れて波暮れし
夜の風の跡ある氷下鯉の鰭
藻えびとれ水中も秋うごきけり
白昼を能見て過す蓬かな
冷えといふまつはるものをかたつむり
「白昼を能見て過す蓬かな」は、森澄雄が解説で「魚目一代の傑作」と激賞している。「白々とした音を消した静寂の中に、おのれの修羅がまざまざと見えている作者の心の荒びが見えてくる」と。
同じ名古屋ということで、耽美的な作風で知られる孤高の俳人馬場駿吉と親交があったり、後藤明生の『夢かたり』に打たれたらしく自筆年譜の昭和51年(50歳)のところに「読んだ」とわざわざ書き込んであったりという発見もあった。
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ここに上げてある俳句、全部好きです。
>味噌蔵に一塊の雪まろび入り
味噌蔵寒そう。。。でも綺麗な句です。
>冷えといふまつはるものをかたつむり
冷えはつらいですよね。
孤独感が独特です。でもあのヌメヌメさを取り去ってくださっただけでも凄い句です。
(ヌメヌメさ加減が嫌いです。)
昼寝より覚め火口湖へ一列に
壮大すぎて言葉がありません。
投稿情報: 野村麻実 | 2008年11 月 8日 (土) 10:03
>野村麻実さま
味噌蔵の句は「一塊の雪まろび入り」で、外はかなりの高さに積もっていることとか、そこでの暮らしの重い匂いのようなものまでが、動きとともに一瞬で浮かび上がってきますね。
雪の「明」と味噌蔵の「暗」の対照も鮮やかです。
かたつむりの句、たしかに「ヌメヌメさ」が気にならなくなってます。「冷え」で硬質に結晶したようで。
昼寝より覚め火口湖へ一列に
一方に「昼寝」という意識のない状態、一方に「火口湖」という人体など微塵にする自然の暴力の巨大な痕跡、二つの空無の間を歩いていく行為が生そのものの暗喩と見えますね。
ただこの句の特徴は「一列に」で単独行ではなくなり、ふくよかさやおかしみまで出ているところで、頭で考えてではなかなか出ないフレーズだろうと思います。
投稿情報: 関悦史 | 2008年11 月 8日 (土) 18:40