「ガニメデ」は詩誌だが毎回必ず俳句作家が2,3人登場している。
49号は恩田侑布子「影破り」と増田まさみ「遊絲―あそぶいと」各50句を掲載。
真つ直ぐに割られし杉や花床机 恩田侑布子
さくらちる息は風なり逢ひにゆく
おはじきの袋さぐれば春の星
潮と星満ちて来りぬ遍路みち
かたかごの花に影なき疎林かな
カタカゴはカタクリの異称。
カタカゴとて日を浴びればもちろん影を落とす。
一見地味な句だが「影なき」でおそらくは曇っているのだろう疎らな林と、その強い日差しを欠いた中に咲く花の薄紫が怪しくじわじわとクローズアップされてくる。「影なき」と「疎林」の間に意味上の切れが入る。
玲瓏と初恋の来る冷し酒
3,4句目の「春の星」や「潮と星」と言い、この句の「玲瓏と」と言い、下手に使えば綺麗過ぎに終わる言葉だが、こういう語が出た時こそ却ってそれを己の思いと身にぐいと引き寄せてしまう力技がこの作者の身上なのだろう。
この句の場合「玲瓏」がまず「冷し酒」のイメージと響きあって具体の相を帯びる。さらに、「初恋」を思い出すのでもなければ恋人が「来る」のでもなく「初恋の来る」なるフレーズで時間も生身の恋人も一旦無化され、「初恋」が単なる記憶とは別次元、別の時空のものとなる。「玲瓏と」はその別の時空を修飾しているのだ。
透明の傘翅とする梅雨入(ついり)かな
こちらは最近の俳句にはよく登場する安手のビニール傘らしい。こういう素材を審美的幻想に転じる句はあまり見かけない気がするが、ここではそれがうまく決まっている。
昼寝せり崩れし雲の胸ぐらに
ヘルメット脱げば男女や夏の山
胸底に夏の瀬音を湛ふべし
瀧浴びて八方ひらく毛穴かな
脱げ落ちし影うづくまる油照
人はみな何かに急ぎ金魚玉
*
もう一人、増田まさみの句は負性の幻想を言葉で切り立たせるのに成功したものに魅力がある。
山脈や尾羽あるもの死に急ぐ 増田まさみ
入り口のやや古びたる春の山
徒然に盗めばあれは寂しい花
剃刀というては暮れる春の暮
男系の絶えて卯の花腐しかな
海溝に忘れおかれし帽子かな
つちくれを断崖として夏の夢
小を大と錯覚する一瞬の危機感が迫ってくる句。
天上の辻には瓜を売る母も
胎内に曲がり角あり曼珠沙華
バスチーユ血塗れの鳩を閂に
目隠しを解かれて渡る天の川
大鷲の爪さみしけれランボー忌
49号は恩田侑布子「影破り」と増田まさみ「遊絲―あそぶいと」各50句を掲載。
真つ直ぐに割られし杉や花床机 恩田侑布子
さくらちる息は風なり逢ひにゆく
おはじきの袋さぐれば春の星
潮と星満ちて来りぬ遍路みち
かたかごの花に影なき疎林かな
カタカゴはカタクリの異称。
カタカゴとて日を浴びればもちろん影を落とす。
一見地味な句だが「影なき」でおそらくは曇っているのだろう疎らな林と、その強い日差しを欠いた中に咲く花の薄紫が怪しくじわじわとクローズアップされてくる。「影なき」と「疎林」の間に意味上の切れが入る。
玲瓏と初恋の来る冷し酒
3,4句目の「春の星」や「潮と星」と言い、この句の「玲瓏と」と言い、下手に使えば綺麗過ぎに終わる言葉だが、こういう語が出た時こそ却ってそれを己の思いと身にぐいと引き寄せてしまう力技がこの作者の身上なのだろう。
この句の場合「玲瓏」がまず「冷し酒」のイメージと響きあって具体の相を帯びる。さらに、「初恋」を思い出すのでもなければ恋人が「来る」のでもなく「初恋の来る」なるフレーズで時間も生身の恋人も一旦無化され、「初恋」が単なる記憶とは別次元、別の時空のものとなる。「玲瓏と」はその別の時空を修飾しているのだ。
透明の傘翅とする梅雨入(ついり)かな
こちらは最近の俳句にはよく登場する安手のビニール傘らしい。こういう素材を審美的幻想に転じる句はあまり見かけない気がするが、ここではそれがうまく決まっている。
昼寝せり崩れし雲の胸ぐらに
ヘルメット脱げば男女や夏の山
胸底に夏の瀬音を湛ふべし
瀧浴びて八方ひらく毛穴かな
脱げ落ちし影うづくまる油照
人はみな何かに急ぎ金魚玉
*
もう一人、増田まさみの句は負性の幻想を言葉で切り立たせるのに成功したものに魅力がある。
山脈や尾羽あるもの死に急ぐ 増田まさみ
入り口のやや古びたる春の山
徒然に盗めばあれは寂しい花
剃刀というては暮れる春の暮
男系の絶えて卯の花腐しかな
海溝に忘れおかれし帽子かな
つちくれを断崖として夏の夢
小を大と錯覚する一瞬の危機感が迫ってくる句。
天上の辻には瓜を売る母も
胎内に曲がり角あり曼珠沙華
バスチーユ血塗れの鳩を閂に
目隠しを解かれて渡る天の川
大鷲の爪さみしけれランボー忌
関悦史さま
さっそく深く読み込んでくださり、有難うございます。
とくに「かたかごの花」や「玲瓏と」の読みのたしかさに、
関さんの繊細な感受性を思いました。
非常に理論家で文学や思想に広範な知識をお持ちの関さんが、同時に音楽的な
非意味の部分への鋭く、かつやわらかな感受性を持っていらっしゃることに
感嘆しました。俳句を理解していただけるのは心を受け止めてもらえることにほかならず、大変うれしいものです。増田まさみさんの俳句の「つちくれを」も、まさに集中でわたしの一番心ひかれた句でしたので、あっと思いうれしかったです。
「ガニメデ」って摩訶不思議な詩歌句評論誌ですね。わたしもいつも
武田肇さんの編集後記の独特の風韻を楽しみにしています。
これを読んで未知の詩人で好きな方ができました。お礼まで。恩田侑布子
投稿情報: 恩田侑布子 | 2010年8 月16日 (月) 15:27
恩田侑布子さま
コメントありがとうございます。綺麗さと肉感の厚みと、ある種の求道性とが重なり合った俳句世界を味わわせていただきました。
編集後記がまた味わい深いものだったのでどこかで取り上げたいものと思っているのですが。
投稿情報: 関悦史 | 2010年8 月16日 (月) 20:15
はい。ぜひ武田肇さんの編集後記のこと御取り上げください。右顧左眄しない近来まれな骨のある文章で、目が利いています。まだ一度もお会いしたことがないし、個人的なつながりも皆無ですが、文章だけで惹かれるものがあります。関悦史さんのような方にとりあげていただければ、きっと長年の編集や出版にまつわる想像を絶するご苦労も報われるのではないでしょうか。恩田侑布子
投稿情報: 恩田侑布子 | 2010年8 月17日 (火) 15:26
今回の後記は詩人を叱咤するのに俳人の瞬発力を「手裏剣」に見立てていましたが、隣の芝生というか何というか、俳人側はこれで喜んでいてはまずいかなとも思いました。
投稿情報: 関悦史 | 2010年8 月18日 (水) 15:09