沖積舎
1988年
神戸から奈良へ通勤していた著者が、奈良への思いを退官間際にまとめた第5句集。
巻末に随筆「百萬塔」を収録。
著者は自分が幼時に遊んでいていまだに紛失せず持ち続けている小さな木製の白い塔、これがどうも法隆寺の百萬塔の一つではないかと気づき、86年に大阪の高島屋で開かれた「法隆寺展」で同じ品が百基近く陳列されているのを目にする。また同時に復元された玉虫厨子の華麗なのに驚嘆して往古に思いを馳せ、法隆寺に関わる俳句を約一年で集中的に作ったという書き下ろしの200句。
百萬塔は藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)を受けて称徳天皇(孝謙天皇の重祚)の命により製作され、中に陀羅尼(経文)が納められている。
この辺の時代については古代史ものをライフワークにしている里中満智子が『女帝の手記―孝謙・称徳天皇物語』に描いているらしいが、この作品は私は未見。
Ⅰ 方正の庭 から
永劫の入口にあり山ざくら
大伽藍春とどめんとして黙る
永き日の古人今人まぎらわし
上陸し帰化し夏野や仏の顔
古き世に夭折ありき鐘の夏
砂漠かと姥が来ている夏の寺
仏像の残像 檸檬供えたく
少年や紫雪(しせつ)を浴びてまぼろしに
紫雪は不老長寿の秘薬
Ⅱ 往古の風 から
ひとつ塔ふたつに見ゆる春あらし
死のときは風鐸鳴らし挵(せせり)蝶
人類の一人ひとりに塔立てる
崩れゆくみほとけならん雷を背に
Ⅲ 水瓶 から
玉虫の幾万匹に恵みなき
背かれて女帝にあわき合歓の花
中天に太子現われ糸瓜かな
Ⅳ 斑鳩暮景 から
罅多き塀もて囲む紫木蓮
はつなつの弥勒菩薩に見つめらる
わが摘めば人麻呂も来て土筆摘む
喪失の途中にありぬ蝸牛
Ⅴ 旅生 から
古寺うらを犬に嗅がるるこの世かな
負の数(すう)の幾桁もあり夏の草
雷鳴や山川草木宙より来
腐りゆく空気のごとしわが畢り
1988年
神戸から奈良へ通勤していた著者が、奈良への思いを退官間際にまとめた第5句集。
巻末に随筆「百萬塔」を収録。
著者は自分が幼時に遊んでいていまだに紛失せず持ち続けている小さな木製の白い塔、これがどうも法隆寺の百萬塔の一つではないかと気づき、86年に大阪の高島屋で開かれた「法隆寺展」で同じ品が百基近く陳列されているのを目にする。また同時に復元された玉虫厨子の華麗なのに驚嘆して往古に思いを馳せ、法隆寺に関わる俳句を約一年で集中的に作ったという書き下ろしの200句。
百萬塔は藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)を受けて称徳天皇(孝謙天皇の重祚)の命により製作され、中に陀羅尼(経文)が納められている。
この辺の時代については古代史ものをライフワークにしている里中満智子が『女帝の手記―孝謙・称徳天皇物語』に描いているらしいが、この作品は私は未見。
Ⅰ 方正の庭 から
永劫の入口にあり山ざくら
大伽藍春とどめんとして黙る
永き日の古人今人まぎらわし
上陸し帰化し夏野や仏の顔
古き世に夭折ありき鐘の夏
砂漠かと姥が来ている夏の寺
仏像の残像 檸檬供えたく
少年や紫雪(しせつ)を浴びてまぼろしに
紫雪は不老長寿の秘薬
Ⅱ 往古の風 から
ひとつ塔ふたつに見ゆる春あらし
死のときは風鐸鳴らし挵(せせり)蝶
人類の一人ひとりに塔立てる
崩れゆくみほとけならん雷を背に
Ⅲ 水瓶 から
玉虫の幾万匹に恵みなき
背かれて女帝にあわき合歓の花
中天に太子現われ糸瓜かな
Ⅳ 斑鳩暮景 から
罅多き塀もて囲む紫木蓮
はつなつの弥勒菩薩に見つめらる
わが摘めば人麻呂も来て土筆摘む
喪失の途中にありぬ蝸牛
Ⅴ 旅生 から
古寺うらを犬に嗅がるるこの世かな
負の数(すう)の幾桁もあり夏の草
雷鳴や山川草木宙より来
腐りゆく空気のごとしわが畢り
虚の壁のやぶれ真赤に寒椿
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