俳句評論社
1986年
定本『烏宙論』
序曲社
1980年
河原枇杷男の第一句集だが、これは私は単品で持っているわけではなく、97年に出た『河原枇杷男句集』(序曲社)という選句集に収録された中からの抜粋である(それとは別に全句集が2003年に出ているらしい)。
私が『河原枇杷男句集』を見られるに至った経緯については、河原氏が今回受賞された正岡子規国際俳句賞のレポート記事に、その受賞講演の模様ともども書いてある(個人的に面白かっただけで、あまり大した話でもないのだが。ついでに予告もしておくと、このブログ「閑中俳句日記」は近々引越することになるかもしれません)。
『烏宙論』には「身のなかのまつ暗がりの螢狩り」「天と地を霞のつなぐ乳母車」「母の忌の螢や籠の中を飛ぶ」「野菊まで行くに四五人斃れけり」など、既に現代俳句の古典となった名句が幾つも含まれているが、有名なものばかり見せても仕方がないので、それ以外のものも拾う。
蝶交む一瞬天地さかしまに
手にもてば手の蓮に來る夕かな
又銀河の流るる音や物書けば
外套やこころの鳥は撃たれしまま
母若く眞澄の空の惨めなる
空蝉の兩眼濡れて在りしかな
冬暗き渚は鈴をひとつ秘む
冬野來る女は諸羽つかひつつ
蓬餅片手は天に在る如し
死の襞をはらへばひとつ籾落ちぬ
黒髪や水を塒の秋の水
身を出でて杉菜に跼む暗きもの
空を歩くもの在るらし耕土澄む
我失せつつあり手のひらに梨置けば
梨個個に梨を堪忍して居りぬ
薄氷笑ふに堪へて物は在り
野遊びにわれの見知らぬ我もゐし
温みつつ水はおのれに飽きにけり
何もなく死は夕燒に諸手つく
秋の暮空氣の骨のうごくかな
萍の一つは頭蓋のなかに泛く
顧みれば虚無は菫にまだ跼む
秋かぜや耳を覆へば耳の聲
流木の一つは深夜を飛行せる
まなうらに蝮棲むなり石降るなり
河原枇杷男…1930年兵庫縣寶塚市に生まれる。1954年、永田耕衣に入門、「琴座」同人、「俳句評論」同人を経て、「序曲」を1989年まで編集発行。第3回俳句評論賞、第4回正岡子規国際俳句賞受賞。句集に『烏宙論』『密』『閻浮提考』『流灌頂』『訶梨陀夜』『蝶座』、俳句掌論集『西風の方法』、共著に『現代俳句全集第五巻』(立風書房)『現代俳句集成第一七巻』(河出書房新社)『現代俳句集成全一巻』(立風書房)などがある。
先日はお目にかかれて嬉しかったです。
こんどは小生の方から土浦の方へ参りましょう。いやいや、どうせなら水戸まで行って鮟鱇も乙かも知れません。ところで土浦あたりからだと筑波山は近いのですか? 小生、登ったことがなく、俳諧の連歌をたしなむ者としてはいささか忸怩たるものがあるのです。
お引越しお待ち申し上げます(笑)。なんのおもてなしもできませんが、床を拭いて、風を入れるくらいのことはしておきます。ではでは。
投稿情報: 高山れおな | 2009年3 月 6日 (金) 04:46
高山れおなさま
先日はこちらこそ、おかげで楽しい時間を過ごさせていただいたというか、貴重な機会を持たせてもらいましたね。終電のために中座せざるを得なかったのが残念でした。
引越しの方は今週はちょっと間に合わなくなりそうですが、来週には何とか済ませたいものと。その節はよろしくお願いします。
ところで筑波山なのですが、ひょっとすると高山さんのお住まいからの方が近いかもしれませんよ。
というのは、関東地方の交通網は東京とそれ以外とを放射状に結ぶ路線が主になっているもので、東京に関わらない地方都市同士の横の移動は途端に貧弱になり、直線距離だけならともかく、こちらからだと車で悪路を延々と移動する感じになります。都内からつくばエクスプレスでという方がずっと利便がいいような。
投稿情報: 関悦史 | 2009年3 月 6日 (金) 21:57