草子舎
2008年
これはこの夏刊行された高橋修宏氏の第2句集。
面識はないのだが、作者からお贈りいただいた。
高橋氏は鈴木六林男に師事しており、いわゆる花鳥諷詠やリアリズムに収まる作風ではなく、戦争や国家に絡んだ観念的な句が多い。
陽炎の高さに少女歌劇団
苜蓿踏みし者より兵となり
相続人みな立ち上がる月見草
林檎から原理が洩れてしまいけり
鳥兜引けば都の傾ぎけり
ちちろ鳴く闇に天皇機関説
なめくじら暗黒大陸かもしれぬ
蜂の巣に眠るマルキ・ド・サドの昼
月光の生れつづける挽肉器
情報を喰らい尽くして月夜茸
権力のしずかに育つ露の玉
笹子鳴くほかは倒壊音ばかり
鬼灯という劇場に迷いけり
君がため水澄む夜の便器かな
綾取りの暗黒となる秋の暮
天上の傷まぎれこむ春の雪
崩れゆく螢まみれの摩天楼
回天の来る炎天の奈落より
戦前へ揺らいで沈む心太
月の出の少年眠る棘の中
降る雪を聖餐として戦後かな
地球より出る細胞の鬨の声
この最後の一句は作者の従来の世界からやや異質で、これが一番印象深い。ここから新しい方向が開けるのかもしれない。
作者は1955年生まれ。戦争経験はないはずで、だからこそ戦争や国家をここまで観念化して詠むことが出来るのだろう。この句集にはそうした題材・方法の面白さと難しさ、その両方があらわになっている。
オビの推薦文は宗田安正氏がつけている。
「高橋修宏の俳句を一言でいえば、現実と信じられている凡ゆる現象や事象――世界をキーワード化、より確かな内面の時空間に転移する。そこでは、少女歌劇団も、蝶も、国家も、アジアも、黄泉も、ヒポクラテスも、先祖の蓄えてきた記憶も、同時に存在する。あの九・一一の高層ビルさえも、みずから言うように甘い蜜の楼閣になって崩れてゆく。ここには、最も尖鋭な表現が、紛れもない俳句形式として展開しているのだ。」
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