閑中俳句日記（別館） －関悦史－

【十五句抄出】久下晴美句集『単眼鏡』

2022年5月
現代俳句協会

　『単眼鏡』は久下晴美（1956 - ）の第1句集。

　著者は「紫の会」同人。

 

 

 

 

 

 

たんぽぽやひんやりとして猫の耳

子離れをして秋郊の美術館

かなかなや西日暮里といふあたり

切株のアシンメトリー秋の海

大声を出したい桜吹雪かな

ちちははを花野に置いてきてしまふ

枯蔓をひいて身辺整理する

二百十日赤いウィンナーソーセージ

骨片のひとつふたつは寒椿

運が良い悪いと金魚ひるがへる

息白し古銭の穴はみな四角

下心とふ部首のあり春の雷

グーグルマップ静寂の芒原

しぐれをり熟睡できる北枕

雪になる天地無用の荷が届く

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】亀井千代志句集『スマッシュ』

2022年8月
ふらんす堂

　『スマッシュ』は亀井千代志（1963 - ）の第1句集。

　著者は「椋」会員。

 

 

 

 

 

ふらここにボーイソプラノ集まりぬ

新しき駅新しき桜かな

大玉の四葩の間が登り口

父に買ふ水羊羹の詰め合せ

大いなる影のなかなる水遊び

自転車をとめてここから青岬

パセリよけたれば深海魚のフライ

甘口のカレーが好きでハンモック

絵馬に書く架空の地名百合の花

田草取る人のすらりと立ち上がる

警官のちらと見てゆく水遊び

炎帝の化けたる柳かとおもふ

苦瓜のよく生る窓でありにけり

幼子を抱き寄せ秋のサングラス

物置の戸を締めてゆく秋の人

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】田口茉於句集『付箋』

2022年8月
ふらんす堂

　『付箋』は田口茉於（1973 - ）の第2句集。

　著者は「若竹」同人。

 

 

 

 

 

 

スプーンに映りて消ゆる春の猫

橋の下より花筏現るる

すれ違ふみな台風のはなし

春隣涙を溜めし子と出会ふ

子は母のどこかに触れて銀河濃し

マフラーの少年バレエ教室に

子の覚むるまでの聖樹や夫とゐる

子の好きな子のゐて春の嵐かな

遠雷や地下に四人の薬剤師

白靴を見てをり夜の観覧車

ネクタイの男過ぎゆく夏の森

少年の敬語美し休暇明け

西瓜切り分ける大人になつてゐる

雑草のなかの紫陽花微炭酸

七階の経理部にまた水羊羹

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】伊丹啓子句集『あきる野』

2022年8月
沖積舎

　『あきる野』は伊丹啓子（1948 - ）の第3句集。

　著者は「青群俳句会」顧問。

 

 

 

 

 

 

太鼓橋の晴着を映す　池の鯉

木馬に乗って　デジタル庁の門叩く

ラムネ瓶はシュールな女体　浜の舎(いえ)

街歩き　内耳に魔笛ひびきつつ

父逝かせるに父に縋るよ　強き父

骨壺の父が居残り　無人の家

青梅街道　廃屋　神社　又廃屋

古町　白壁　抱擁の影考妣(ちちはは)か

ドリーA　ドリーB呼ぶ　羊雲

蓄音機　疾うに失せしはエノケン座

スカイツリーの光輪回る　月蝕下

崖あれば落ちる夢みる　秋の暮

まず鸚鵡返しではじまる　腹話術

月蝕に　わが身削れてゆくような

白磁大小狐のうたげ　塔頭　春

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】森賀まり句集『しみづあたたかをふくむ』

2022年4月
ふらんす堂

　『しみづあたたかをふくむ』は森賀まり（1960 - ）の第3句集。

　著者は「百鳥」「静かな場所」同人。

 

 

 

 

 

草の蜘蛛ふはりと何もなき方へ

学寮の茂に匂ひありにけり

向う岸冬満月に近くあり

はんざきのどさりと抛りたるごとし

冬林檎三つ傾きあひてをり

片目づつ別の桔梗を見てゐたる

十月の砂地を歩きつづけたり

鳥の巣の踏みくぼみたるところかな

夏の蝶空に大波あるやうに

電線のよく見えてゐる夕涼み

紙袋鳴らしてあるく寒さかな

水吸うて新聞あをし花八ツ手

鸚鵡貝春の触手を揉みあへる

浜木綿のばうと光れる砂地かな

草じらみ鞄の朽ちてゆくかたさ

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】岸本尚毅句集『雲は友』

2022年8月
ふらんす堂

　『雲は友』は岸本尚毅（1961 - ）の第6句集。

　著者は「天為」「秀」同人。

 

 

 

 

 

蝉を喰ひ蜻蛉を喰ふて寺の猫

少し剥げてよくくびれたる瓢かな

ひとところ黒く澄みたる柿の肉

ものつかむ指はつきりと井守かな

風鈴やいまは仏の今いくよ

蜘蛛は蛾をねぶり溶かしぬ夕野分

秋晴や床にこぼれて光る水

つかみたる霊芝の硬さ冬の雲

店にある猫の遺影やクリスマス

榾といふ榾の炎のつながれる

ざらざらとして初富士の光りけり

初旅の印度の霞吸ひにけり

何屋とも知れざる家や夏柳

団子虫の欠片咥へてゆきし蟻

すててこの志村を真似て遊びけり

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】天沢退二郎『アマタイ句帳』

2022年7月
思潮社

　『アマタイ句帳』は詩人天沢退二郎（1936 - ）の句集。栞文：高橋睦郎、関悦史、吉増剛造。

 

 

 

 

 

 

鈍器註すれば本文の氷柱砕く

異本文(ヴァリアント)腑分け怠る夏の猫

冬は怖し杭毎に鷗の伏せり居り

冬葱をぷつりと断れば環形動物(アンネリダ)

黄色でないタンポポはみな死んだのさ

タンポポを吹けばとびちる髑髏かな

夜行列車の通路を鴉が駈けて行った！

毬藻の如き便出たわよと妻の云ふ

この五月少年少女みな黒衣

紫陽花は鬼面の群に似たるかな

うどんに眼鏡かけたれば蛇らあざわらふ　

秋雨あがり滝見る嬰児の頭寒し

腐れ柿にネギ挿せば戦後の廃墟と見ゆ

半島の奥に眠る薔薇の物語

棒女さながらの棒状麵事務所かな

 

 

 

 

【十五句抄出】夏井いつき句集『伊月集 鶴』

2022年1月
朝日新聞社

　『伊月集　鶴』は夏井いつき（1957 - ）の第3句集。

　著者は「いつき組」組長。

 

 

 

 

鯨の目鈍くひらきぬ水族館

雪の夜の象屋に象を買ひに行く

金閣炎上せし日のごとき霰かな

雪虫や丘の北半分は墓

母刀自のいよよ猿めくお元日

ユダヤ人の義弟に餅を焼いてやる

それが猪の死体と分かるまで数秒

雛の間に知らない人が座つてゐる

潮溜りの太陽いくつ磯遊

アマリリス咲いて鈍器の使ひ方

かたつむり殻にかそけき肉の影

夜の船のごとくに紫陽花の丘は

摘出せる肺は蛍の匂ひして

さみしさの金魚はめりめりと太る

秋遍路とは一列にひかるもの

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】丸谷三砂句集『初葉』

2022年7月
角川書店

　『初葉』は丸谷三砂（1948 - ）の第1句集。跋文：坂本宮尾。

　著者は「天為」「パピルス」同人。

 

 

 

 

 

貝の名を言ひあひて春惜しみけり

傘に骨扇に骨や暑に耐ふる

鳥渡るみちのくの地図縦長に

電球の明るく暗し酉の市

十二神将眉間に虎落笛をきく

水中に交叉点あり熱帯魚

篁の奥に灯のあり夏料理

立泳ぎ覚えし秋の金魚かな

着ぶくれて身の深きより電話鳴る

黄金週間先づ若冲の群鶏図

動かねば水が腐るよ山椒魚

テント張るあつまつてくる谿の音

海底のやうな地下書庫紙魚走る

南方の貝ひとつ置き魂まつり

ぽつぺんを会話のごとく吹き合へり

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】松野苑子句集『遠き船』

2022年4月
角川書店

　『遠き船』は松野苑子（1947 - ）の第3句集。

　著者は「街」同人会長。

 

 

 

 

 

 

　　　東日本大震災
津波警報子猫二匹の上に鳴る

ガーベラや厚き手紙の恐ろしき

万緑や蹄鉄打つに馬静か

だんだんに海月の姿となりし水

王冠のやうな夜景と秋の蚊と

江戸地図のここを貨車行く野分晴

蝸牛ピシと音して踏まれたる

夏蒲団と私の体との隙間

花屑にまみれてバスの冥さかな

カンナ老ゆその柔らかきところから

指入れて指長くなる泉かな

ががんぼの夜の鏡を落ちてゆく

　　　母（享年九十六）
息せねば母は骸や夏の月

象の背を流れてをりぬ秋の雨

皆マスクして異界へと行く列車

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。