閑中俳句日記（別館） －関悦史－

【十五句抄出】関根道豊句集『三年』

2022年8月
牛歩書屋（私家版）

　『三年』は関根道豊（1949 - ）の第2句集。

　著者は「こんちえると」版元。

 

 

 

 

 

土の香を嗅ぎたし芹を湯掻きたし

老いてなほ青いトマトを好む妻

北へ向くイージス・アショアなる日除け

思ひ出はコロナウイルス卒業す

暮れかぬる葬儀社員の防護服

白南風や香港と沖縄の鬱

ともかくも経済回す扇風機

誰がための内部留保や鵙の贄

啓蟄や出たがつてゐる赤木ファイル

メメント・モリ句敵のゐない六月

行けど行けど棄民の色の芒原

痩せぎすの秋刀魚の小骨舌で選る

春闘の記事ひとつなき朝刊来

メーデーの全米にアマゾン労組

　　　祝『大牧広全句集』上梓
すててこの十四句ある全句集

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】豊里友行句集『母よ』

2022年8月
沖縄書房

　『母よ』は豊里友行（1976 - ）の第5句集。

　著者は「月と太陽(ティダ)」代表、「藍生」会員。

 

 

 

 

 

 

？のフラミンゴで埋まる思考回路

反戦デモの渦ときには蝸牛

蝉尽きて
宇宙風船の

　　結び目

熱帯魚の視線が泳ぎ頁めくる

戦争の眼をした蝶の翅つまむ

この虹も国境線の鞭ですか

土筆の天辺の天道虫は風

航海は琉球料理のひと匙

十六夜のよくオスプレイ飛び交います

人体は宇宙ダーウィンの冬麗

夢も発芽する星空の黒板

翅を覗くと昆虫模様の東京

螢烏賊スマートフォンの闇が太る

戦世(ゆ)の風化の闇しろい便器

ういるす籠りの母よ我が夢野ごらん

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

 

【十五句抄出】抜井諒一句集『金色』

2021年8月
角川書店

　『金色』は抜井諒一（1982 - ）の第2句集。

　著者は「群青」同人。

 

 

 

 

 

 

新涼の風の方へと路地曲がる

鯉の背に止まるつもりの蜻蛉かな

顔埋めながら熟柿を啄める

マスクしてゐて口元を隠す癖

マスクしてをらざる人を追ふ視線

軍手から離れぬ落葉ばかりかな

てのひらに和紙のやうなる冬日影

座布団に赤子の沈む冬座敷

つややかに身を寄せ合へる春の猫

帰宅して心は花の下にあり

一斉に振り向きさうな黄水仙

人影の消え紫陽花の褪せてをり

緑蔭の白き乳房の授乳かな

飲み干して風より軽き缶麦酒

片目づつまばたきしたる蜥蜴かな

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】柴田奈美句集『イニシャル』

2022年8月
本阿弥書店

　『イニシャル』は柴田奈美（1958 - ）の第3句集。

　著者は「銀化」同人。

 

 

 

 

 

 

蝶の昼ベンチを白く塗りあげて

サックスの音色の厚み落葉踏む

割り箸の赤き柾目や花の冷

鬼女あまた懐に抱き山眠る

表札を一つはづして朧月

鰭長く垂らしにぎやか金魚の死

春手套重ね合はせて貴賓室

竹の秋死者には昏き灯を掲げ

捨てきれぬものに囲まれ十二月

遠足の一人離れて海を見る

野火果てて抱き合ひたる道祖神

藁塚一つ闇に前進する気配

四肢開ききつて跳びゆく走馬灯

ままごとの上座におはす内裏雛

春塵や考に数多の老眼鏡

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】石井洽星句集『アトリエ』

2022年9月
ふらんす堂

　『アトリエ』は石井洽星（1943 - ）の第1句集。序文：藤田直子。

　著者は「秋麗」同人。

 

 

 

 

 

秋時雨売店の麩を積みなほし

母逝きて円座重ねしまま梅雨に

春の土均しイーゼル立てにけり

失せものの扇子見つかる喪のバッグ

ドアノブの灼けて渚の喫茶店

ビル風にわたしは紙縒秋さびて

をんなやもしれぬ青鬼節分会

噴水や風に赦しを請ふかたち

家中に絵を描きたし冬の濤

百色のクレヨン百色の秋思

姉さびし妹さびし萩の花

梅雨の月空にも湖のあるやうな

風船やいまもどこかにバンクシー

空蝉や別れは人を強くして

まだ夢のつづきを探す歌留多かな

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】中村雅樹句集『晨風』

2022年8月
ふらんす堂

　『晨風』は中村雅樹（1948 - ）の第3句集。

　著者は「晨」代表。

 

 

 

 

 

 

父母がわが木の葉髪をかしがり

　　　珠希誕生
強霜や薔薇色の子の生れたる

雨の杜若に水のひろびろと

玉砂利の中の団栗掃きにけり

汗の人ダイヤモンドの目利きとは

葉から葉へ大きな露の遊びをり

洋館のもくかう薔薇は山のやう

萍を網にすくひて重きこと

朴落葉あたまに乗せて遊びをり

ゐのししの皮の脂に冬の蜂

梅園といふ大いなる日向かな

大勢で気球をたたむ夏野かな

冬近し浮かべて樽を洗ひをり

茸山に鳥居くぐりて入りけり

戞々(かつかつ)と山蟹のゆく報恩講

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】西村小市句集『途中下車』

2022年8月
つむぎ書房

　『途中下車』は西村小市（1950 - ）の第2句集。

　著者は「街」「童子」会員、「いつき組」組員。

 

 

 

積分に悩む少女や蚊遣豚

独り言止まぬ人あり年の暮

磁針揺れやまず原発に狐火

風花や現場で喰らうカップ麺

口開けて花火見ている間に戦

目の手術無事に終えたり水の秋

木枯や空に無数の顔がある

腹白き蜥蜴の骸地下二階

天上に動かざる蠅寝台車

剥製の白馬のくすみ春の果て

田植えする生徒の脛の白さかな

どくだみや男ばかりの神学校

足のないキューピーの見る夏の空

湯を冷ます豊かな時間新茶汲む

本当は怖い小鳥と妻の笑み

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】平敷武蕉句集『島中の修羅』

2022年3月
コールサック社

　『島中の修羅』は平敷武蕉（1945 - ）の第1句集。解説：鈴木光影。

　著者は文芸誌「南溟」編集責任者。

 

 

 

 

 

夜明けの村一人半鐘打つ老婆

軍命を呑み込んで湧く雲の百態

マジムンを招くしぐさの水字貝　　　※マジムン＝魔物

羊雲の彼方に裂けたグラジオラス

なきがらを胸に鎮めて大花火

みちのくの瓦礫たどれば沖縄忌

軍機来る向日葵のごと叫ぶ老婆

澄みきった夕日のように金魚逝く

君がいないから岩がアートになる孤島

毒グモを口にぶら下げ「いい正月」

集会に行く男はすでに老いていた

弾痕がくねる城壁の世界遺産

シマバナナ剥けて裂けてヘイトスピーチ

スーパームーン地下の骸骨踊り出す

故郷とは　釜焚く亡母(はは)の姿だけ

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】松本英夫句集『金の釘』

2022年3月
文學の森

　『金の釘』は松本英夫（1947 - ）の第2句集。

　著者は「阿吽」副代表・編集長。

 

 

 

 

 

 

五時過ぎて男ばかりが蘆を刈る

白猫の入り来て白き隙間風

いつよりか亡き子の靴の黴び始む

蜂の仔を小皿に残す木曾泊り

たたまれてなほ騒ぎゐるヨットの帆

胡麻干して秩父に和同開珎碑

白に白重ねて蒼し雪の嶺

紀伊天満宮百段上る夕薄暑

朝顔市鉢下げて傘忘れけり

ふたたびは槍とはならぬ竹を伐る

黒々と山立ち上がる稲光

鮟鱇の大口流星群無尽

マスクしていよいよ無口楽しめり

陀羅尼助箱階段の余寒かな

京団扇男の腰を打ちにけり

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

【十五句抄出】柏木博句集『迦陵頻伽』

2022年8月
ふらんす堂

　『迦陵頻伽』は柏木博（1937 - ）の第1句集。序文：小川軽舟。

　著者は「鷹」会員。

 

 

 

 

 

車より蝮要るかと言はれけり

アウンサンスーチー女史の蚊を打つや

霧動き邪馬台国の見ゆるかな

畦越えて最短距離を鼬逃ぐ

あたたかや先に逝くのを譲り合ひ

囀や少し気取りし子の遺影

それぞれに違ふ方見て春の海

毛虫焼くたぢろがざるを疎みつつ

十五匹ゐる筈なのよ目高の子

隠すべきところを示す水着かな

老人が墓石のごとく月の浜

ゆく道の草に消えけり秋の暮

八月のラッシュアワーの目玉かな

提灯のごとく大きく宵の月

ビニル傘始めうれしき霰かな

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。