閑中俳句日記（別館） －関悦史－

【十五句抄出】対中いずみ句集『水瓶』

2018年8月
ふらんす堂

 

　『水瓶』は対中いずみ（1956 - ）の第3句集。

　著者は「静かな場所」代表、「椋」会員。

 

 

浅春の岸辺は龍の匂ひせる

 

雨垂は壁にさはらず沈丁花

 

うら若き龍が氷雨を降らすこと

 

ぢつと待つ猫に穴子の放らるる

 

聖歌隊ロビーに散りて嬉しさう

 

猿は木に額をつけて川涸れて

 

やぶからしそれからへくそかづらの蔓

 

鳥のほか川しづかなる裕明忌

 

壬申の乱をはるかに麦青む

 

着信の青き光やみづすまし

 

人の顔白く浮かべる網戸かな

 

母と子としづかな食事金魚玉

 

月の雲母居る方へ流れけり

 

古本の活字小さし花うばら

 

水寂し雷が過ぎ雨がすぎ

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

【十五句抄出】津久井紀代句集『神のいたづら』

2018年8月
ふらんす堂

 

　『神のいたづら』は津久井紀代（1943 - ）の第4句集。

　著者は「天為」「枻」同人。

 

 

ことごとく扉は薔薇へひらきけり

 

ギヤマンのランプの底にある異国

 

秋の蛇待つ人のゐてまつしぐら

 

星祭赤い玉子を買ひ戻る

 

末席に猫ゐる百段雛かな

 

うまさうに飯喰ふ人や年忘

 

レンブラントの光の中に二月来る

 

阿修羅展出て春光が手の如し

 

次の間に紙を切る音年詰まる

 

饅頭の臍の上なる櫻かな

 

揺すりても体動かず冷たくなる

 

子規の忌のすこし厚めの麺麭とジャム

 

火星まで水を探しに旅始

 

修司の忌即ち澤田和弥の忌

 

星月夜母ゐるやうに帰り来て

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

【十五句抄出】大関靖博句集『大楽』

2018年7月
ふらんす堂

 

　『大楽』は大関靖博（1948 - ）の第6句集。

　著者は「轍」主宰。

 

 

天人の五衰の相の牡丹かな

 

秋高や遺跡のごとく摩天楼

 

太陽の核融合の枯野かな

 

スプーンにフォークにナイフ寒の雷

 

雛あられ人動くたび空気揺れ

 

大楽の櫻は空を溢れだす

 

花氷水の時間に戻りけり

 

芒野のあの世の風に靡きけり

 

生誕百五十年子規漱石の春や春

 

菊焚きて不老の煙むせにむせ

 

生は五十億の心拍数は春愁ひ

 

無為にして芋蟲遂に踏まれけり

 

絶景は心にありて霧の中

 

鳳凰堂映す水面の温みだす

 

パワースポット稲荷の伏見桃咲けり

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

【十五句抄出】齊藤保志句集『花投ぐ日』

2018年6月
コールサック社

 

　『花投ぐ日』は齊藤保志（1942 - ）の第1句集。

　著者は定年退職後に明治大学の俳句講座「俳句大学」で句作開始。

 

 

橋の上きらきらと蝶縺れゆく

 

鯉の腹黄に輝きて柿若葉

 

神田川青大将の泳ぎゐる

 

太極拳正中線に南風受けて

 

探梅や影まろまろと力石

 

いまだ見ぬ父眠る島梅雨の蝶

 

終戦日海の底よりあまたの眼

 

青梅雨や秘仏の手より赤き紐

 

こがらしの匂ひする子や駄菓子店

 

桜東風頬杖つきて車椅子

 

この国は立憲国家螢草

 

大潮の冥きをのぼり海月かな

 

月光のきらめき落ちて砂時計

 

古書店の消えたる町や寒雀

 

出自より今を語らむましら酒

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

【十五句抄出】金山桜子句集『水辺のスケッチ』

2018年6月
ふらんす堂

 

　『水辺のスケッチ』は金山桜子（1959 - ）の第1句集。序文：宇多喜代子。

　著者は「花曜」「風来」「運河」他の会員。

 

 

翅光る蜂が雄蕊を探るとき

 

波音は小石打つ音つばくらめ

 

水鳥の抱き人形の声に似る

 

岸辺より寒気の寄するとんどかな

 

人形を舐むる仔猫の舌の音

 

春の雨骨片鹿のものかとも

 

逃水を桜並木の奥へ追ふ

 

はんざきのうち重なりて春の暮

 

玄室に青葉のひかりとどきたる

 

椎落葉ものの怪道といふところ

 

はんざきに魚寄り来てはひるがへる

 

銅鐸に線描の鳥稲の花

 

腫物のやうなる菌出てゐたり

 

葉を弾く音して飛蝗はねゐたり

 

寒鯉の崩るるやうに動きけり

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

【十五句抄出】大沢美智子句集『旬日』

2018年7月
本阿弥書店

 

　『旬日』は大沢美智子（1940 - ）の第1句集。序文：能村研三。

　著者は「沖」同人。

 

 

うちの娘でゐる旬日の雛かな

 

空席に日の斑の遊び初電車

 

閏秒てふ夢の繋ぎ目初明り

 

夜の秋明日ゆく山にルーペ置き

 

小樽運河うみねこ一羽づつに雪

 

遠足の先頭太平洋に出る

 

空蝉のまだ見えさうな眼を恐る

 

液状の泥這ひ上がる町おぼろ

 

桜しべ降る被災地をゆくもんぺ

 

業平橋とふ駅名失せぬ走り梅雨

 

立春や棕櫚より雀出るわ出るわ

 

まだ温き栗鼠の食みあと鬼胡桃

 

雪嶺の空の続きや蒲団干す

 

ランドセル放りて魔女やハロウィーン

 

黄落の押し寄せてゐる楽器店

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

【十五句抄出】新井秋沙句集『巣箱』

2018年8月
本阿弥書店

 

　『巣箱』は新井秋沙（1950 - ）の第1句集。序文：鈴木節子。

　著者は「門」同人。

 

 

春愁の一塊ならむ駱駝かな

 

欄干にみながゐるなり草矢射る

 

生身魂なんでも釘を打ちたまひ

 

着膨れて心の寂をどうしよう

 

踊らずに見てゐる人の闇ありぬ

 

父といふ永遠の異性やさくらんぼ

 

青葦原前世は人を殺めたる

 

白靴の集まつてゐる象の前

 

明るい木昏い木のあり涅槃西風

 

滝壺に水の身投げの美しく

 

どの家も滴る山をかけてあり

 

櫛投げて男に当たる虎落笛

 

蒼白き詩片こぼして鶴帰る

 

キリストも太陽の子よ青蜥蜴

 

新しき巣箱が水に映りけり

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

【十五句抄出】津田このみ句集『木星酒場』

2018年8月
邑書林

 

　『木星酒場』は津田このみ（1968 - ）の第2句集。帯文：坪内稔典。

　著者は「船団の会」「里」会員。

 

 

春雪や猫は前脚折りたたむ

 

葉桜や宇宙へ行ける船四つ

 

アイスコーヒーオジサンはオジサンがきらい

 

白靴の小林さんが来る真昼

 

吾はうつぶせ汝はあおむけにて秋思

 

冬麗のあまたの猫が横座り

 

百合ひらく寝たふりをする男かな

 

冬銀河二人はすぐに漂って

 

モーツァルト聴かせてみたき海鼠かな

 

切る前にちょっと転がす酢橘かな

 

一月の川流るるは痛さうな

 

揚雲雀世界のドアは開いている

 

秋うらら寝顔ばかりの列車来る

 

この布団犯されそうに重たしよ

 

雪の夜の木星という酒場かな

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

【十五句抄出】麻香田みあ句集『羽音』

2018年8月
ふらんす堂

 

　『羽音』は麻香田みあ（1950 - ）の第1句集。序文：武藤紀子。

　著者は「円座」「銀化」会員。

 

 

むき出しの梁の歳月日脚伸ぶ

 

水重く押しあふ港春浅し

 

引き返すきつかけ欲しき大花野

 

飛込に水面すばやくとぢにけり

 

白団扇雲がぐんぐん育ちゆく

 

一人呑みまた一人呑み踊の輪

 

からつぽの檻に獣臭やませくる

 

打水をまるめこみたる砂のあり

 

難破船打ち上げさうな真葛原

 

八月や胸をつらぬく放射線

 

卓布より林檎の影を剥がしけり

 

羅馬へは通じてをらぬ蜷の道

 

安らぎは反復にあり尺蠖虫

 

物置に鋸さがす朝ぐもり

 

海水着見慣れた顔がのつてゐる

 

 

 

※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。

 

 

 

 

「皐月」（2018年8月）

　先週行われた第21回俳句甲子園で団体奨励賞、個人最優秀賞、優秀賞（阪西敦子選）を獲得した、沖縄の興南高校俳句部の部誌「皐月」から。

　制作時期の関係で、今年の俳句甲子園出場メンバーで収録されているのは安里恒作のみ。

　リイシューされたものらしいが、奥付がないので、刊行月は序文の日付に拠った。

　SNS「ポエクリ」でネット公開されている。

 

 

春昼や床屋の甘く首を絞め　　　山田祥雲

 

食洗機泡を吹きたる台風圏　　　安里恒作

 

小脳を挟んで春のピンセット　　　棚原きらら

 

十六夜やジャングルジムの低く見え　　　崎浜由依

 

水槽の滑る砂粒日脚伸ぶ　　　鶴岡夏鈴

 

 

　各人一句ずつ引いてみたら黒岩徳将の抄出とかなりかぶった。