2012年
角川書店
『悠悠自適入門』は山﨑十生の第8句集。
山﨑十生は1947年埼玉県生まれ。「紫」主宰、「豈」同人。2001年に「山﨑十死生」を「山﨑十生」に改名している。
一読して漱石「夢十夜」の中の「第二夜」を連想した。
和尚に愚弄された侍が、今晩中に悟りを開いて和尚を切り殺してくれると切歯扼腕する話である。
「悠々自適」とはいうものの《肩の力抜いて流されゆく雛》《いっさいを水に流しぬ露の玉》などを見ると逆に肩の力が抜けない、いっさいを水に流せきれていない様がありありと浮かぶし、《青田風何も考えない至福》 《裂けることも求道なるべしシャボン玉》《風車無欲も欲のひとつにて》《悟るため転げる露に暇なし》などの求道への気迫がそのまま現われた句はまさに「夢十夜」の侍の風情、《立雛はいつも捨て身の構へかな》辺りになると、その執念が乗り移ってようやく喩ではなく物としての「立雛」が立ち上がるといった具合で、この作者においては、写生も諧謔も皆この気合としつこさに裏打ちされてあり、うまく諧謔へとヌケたときの歯応えは独自の妙境。
一瞥をしてから岸を離(さか)る雛
葱坊主ぎろりと藤田湘子の眼
箸休めには大原の緑かな
爽涼や脂の多き逆柱
左右なき手袋こそは哀しかり
ふらここの鎖の冷えを確かむる
根の長き芹を伝ひてくる月光
羽化希ふ大黒柱春の宵
まだ濡れている筍の願いかな
捨雛に声をかけられたる雲水
鳥雲にテトラポッドの絡み合ひ
極上の肉炙るのみじっとり汗
コスモスの一番低いのを探す
黒髪も血潮なりけり春疾風
遠まわりでも迷ってはいない蟻
竹籠の隙間を満たしたる月光
完璧な卸(おろ)し金からの月光
どの雛が泣いていたのか瞽女の部屋
肉付きの面が飛び交う黍嵐
月山の真っ赤に眠りゐたりしよ
祠には木の芽を起す雨の神
陽炎の全身触手なりしかな
肉汁がたっぷり八月十五日
臨界を意識しているシャボン玉
鮮明に原発四基陽炎へり
スクワットしながら眺む青岬
美顔器もタコ足配線歳の市
青空のどこも都や氷面鏡
中では殊に《極上の肉炙るのみじっとり汗》の滑稽、《月山の真っ赤に眠りゐたりしよ》の存在感、《スクワットしながら眺む青岬》の粘りの利いた梵我一如的自在さに惹かれた。
仮名遣いは句によって新旧使い分けているらしい。
なお《かいつぶり息整えてC点へ》なる句が、26頁と50頁に2度出てくる。校正ミスか。
※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。
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YELLO - Call It Love
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