2012年
本阿弥書店
『かもめ』は山中多美子(1949年愛知県生)の第2句集。1999年から2011年までの319句を収録。
栞・帯文=橋本榮治、題箋=宇佐美魚目。
蕗の薹瓦は四枚づつからげ
木の葉ふるあたり明るき甕の水
冬の水女優を娶りゐる人と
お囃子の聞えて来たり鴨の水
霜晴や昭和天皇相撲好き
釈迦堂に火を運びをり初しぐれ
種芋を植ゑて二人の暮しかな
走り根に道もり上り西行忌
宇佐美魚目先生書斎
吊しある筆のしめりも卯月かな
冬に入る箱提灯のたたまれて
八十八夜桶に泥鰌の片寄りて
こゑのして柿本多映の冬帽子
やはらかき落葉を踏みて蚕飼村
かき餅の紅もみどりも春立ちぬ
つつと鳥つつつと鳥や春落葉
どの部屋も人動きをり緑の夜
淡海の地図にはさみて蛇の衣
蛇消えて枝に重さののこりたる
天牛の髭に天牛のりにけり
全体に穏やかな安定感があってみずみずしい印象だったが、抄出してみると実際に「水」の句、生き物の句に惹かれるものが多い。
《八十八夜桶に泥鰌の片寄りて》《どの部屋も人動きをり緑の夜》《蛇消えて枝に重さののこりたる》などは生き物のざわめくような気配が、明快で健康的な詠み口の中に掬われている。
《天牛の髭に天牛のりにけり》も、軽い諧謔の中にカミキリムシの固くつややかな質感が立ち上がって鮮やか。
《無口なる男がふたり垣手入》は、杉原祐之句集『先つぽへ』(2010年)に《黙りたる男四人や池普請》という句があり、先後関係は定かでないし強いて類句を云々するほどでもないのだろうが、「写生」する対象との関わり方や距離感に対する意識がさほどなく、風物を愛でるという構えに崩れがない分、着眼の独自性に対する注意は必要なのだろう(《たつた今訃報の届く裸かな》も、長谷川櫂『虚空』(2002年)に《裸にて死の知らせ受く電話口》があった)。
《ひらきたる和訓栞(わくんのしおり)冬の畦》《ばつた跳ぶ明恵の月のあかあかと》など古典趣味の句も多くあったが、そちらは安定した距離感が必ずしもプラスに働いていると感じないものが多く、あまり引かなかった。引いた中では《走り根に道もり上り西行忌》が、西行の歩く身体の逞しさと、その行路に味わったであろう道の踏み応えを感じさせる。
山中多美子は宇佐美魚目に師事。「晨」「琉」「円座」同人。
※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。
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サンソン・フランソワ - ドビュッシー:「喜びの島」(Samson François plays Debussy's l' Isle Joyeuse)
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