2011年
角川書店
『異空間』は「街」同人、1936年生まれの作者・藤崎幸恵の第2句集。
表題の「異空間」は《朧夜や銀座の路地の異空間》から来ている。本当の異世界ではなく、朧夜の都市の叙景。
全体に風景や場面の描写が鮮やかだが、どぎつくなく、迷いなく伸びやかに走る筆触が作り出す構築感のまわりにみずみずしい余白がたっぷりあるといった感じの、明るい瀟洒な作風(ゴーギャン、ヘンリー・ムーア等も出てくるので実際にアートに関心のある作者らしい)。
《かなかなやフランスパンに空気穴》《一本のみの木陰涼しき遺跡かな》《重ければ重きほど空(くう)神輿振る》など実際に空虚な部分に興じている句も多い。
ことさらに「光」をモチーフとした句は意外に少ないが、全体に気持ちの良い明るさが遍満している。
鏡の間の鏡の死角あたたかし
三月の木霊呼び出すトランペット
雛飾ると人工衛星衝突す
「背を伸ばせ顎引け」卒業写真一瞬
寄居虫のごとくレントゲン室に入る
春雷やナイフとフォーク触れしとき
ヘンリー・ムーアの白き曲線春愁
鰈一枚きれいに食べて四月尽
換気扇がらがら柚子の花零る
一本のみの木陰涼しき遺跡かな
腐る林檎腐らぬ林檎アトリエに
かなかなやフランスパンに空気穴
冬に入るケーキに篩ふ粉砂糖
ぴしぴしと離るるマジックテープ冬
百円の本とヴィトンの手袋と
猫の恋マンホールの蓋に目鼻口
エレベーターの四隅に黄砂旅終る
重ければ重きほど空(くう)神輿振る
喪服着て三社祭の渦の中
朝曇大きな顔のバス来る
太平洋に螢一匹のみの島
一ユーロ分の焼栗鳩と食む
美術展監視員ミイラのごと隅に
デスマスクの眉と睫毛や桜守
ブルームーンてふ薔薇うす紫の時間
チューバ一吹き夏の大河のどよめけり
棘蜥蜴見せてくれしを木へ戻す
女体のごとき朝鮮人参洗ひたる
人住める壁の弾痕小鳥来る
※本書は著者より寄贈を受けました。記して感謝します。
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