これは著者本人から頂いたもの。
奇遇なことに以前住んでいた近所の古本屋で見かけて迷っているうちに売れてしまったという因縁のあるもので、それが入手困難となった今頃になって手に入った。縁のある本だったのだろう。
表紙が良い感じに怪しげなので手に取り、当時はこの本を川柳とは知らなかったので俳句の本と思って立ち見し、どうも何かが違うと違和感を覚えていたものだった。
川柳といっても思いは深く、表現はシュールでときにナンセンス。
父死別の一連も含む。
式服を山のかなたに干している
ラムネ壜牛乳壜と割っていく
夜桜の高さに並ぶ複数の他者
打ち込みの際「死者」とやりそうになったが「他者」である。
ビル解体姉のうしろで鳥になる
むこうから白線引きがやって来る
満開のつつじの横に粗品あり
空はまっくろ積立貯金解約する
終末の象徴的表現と生活に密着した営為との取り合わせが鮮やか。
たましいに鯛焼きの餡付着する
つぎつぎと紅白饅頭差し出され
わたくしの生まれたときのホッチキス
感情移入牛蒡の煮える匂いして
ベーコンをカリカリに焼く姉妹都市
鳥の罠をうまく描けたら着替えよう
透明な壜になるまで谷を這う
右足で家の深さを確かめる
道頓堀の手前で拾う父の病名
いつからか奥の部屋からくる手紙
順番に親とはぐれていく絵本
父が逝く籠いっぱいに春野菜
月の見えない所に父の建て売り住宅
布団から父の頭が出てこない
アルバムは燃やしてしまえ遠花火
象を連れた父に会えるかもしれぬ
針葉樹から父が離れていく月夜
細長い部屋だったのだ父の疵
半身は肉買うために立っている
他の半身は生活上の用を離れてあらぬところを想念として漂っているのか、あるいは失われた半身を満たす
材料とするために肉を買うのか。
生まれなかった兄を憎んでいる額
恋情は三つ折りにするにんじんジュース
おとうとが知っていたのは肉屋の倉庫
ラグビーのボールを奪う遁げるため
祈りかな化学雑巾黒くなる
化粧水にはっきり映る軍艦マーチ
豆と男を一緒に煮ると夜になる
ピアノの蓋に姉が映って洪水警報
追記:句集『容顔』は『セレクション柳人13 樋口由紀子集』に全句そっくり収録されているので、そちらでも読めます。
樋口由紀子…1953年1月3日大阪府生まれ。「川柳展望」(時実新子主宰)同人、「連衆」(谷口慎也)、「零の会通信」、「関西戦後俳句聞き語りの会」(堀本吟)、「PO」、「川柳大学」(時実新子)等を経て1998年「MANO」創刊。現在「MANO」編集発行人、「豈」同人、「バックストローク」会員。1996年川柳Z賞大賞、1999年『容顔』で川柳句集文学賞。句集に『ゆうるりと』(私家版1991年)、『容顔』(1999年)、『セレクション柳人13 樋口由紀子集』(2005年)。
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