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『新撰21』からのサンプル抜粋も今回で終わり。最後の3人ははっきりいってこの本の魔界ゾーンである(いや5人か。田中さんは嫌がるかもしれないが)。
19人目、九堂夜想(くどう・やそう)。
この人も何度か顔をあわせているのだが、今回の百句でがらっと印象が変わった。
以前は同郷の寺山修司風というか、アングラ文化的な既成の美意識の枠をなぞっているといった印象だったのが、今回の百句は編者座談会で誰も一句も読解できないまま、「緊迫感」や「気合」のインパクトのみを感じ取って絶句しつつ入集させたという、安井浩司に似ながらそれにも離反するような断固たる難解俳句の群舞となった。素晴らしい。
「海程」新人賞、芝不器男俳句新人賞齋藤愼爾奨励賞。「LOTUS」「海程」同人。
春深く剖(ひら)かるるさえアラベスク 九堂夜想
前生の菊に括られては北よ
歌人よ妣(ひ)に精虫を溢れしめ
踊れや肛門 現人神が舌かがよう
墨界に蝶を釣らんと空し手は
20人目、関悦史。身近な人が続いたが、身近を通り越して当人である。
自己宣伝は馬鹿らしいし、本は売れてはほしいしで困る(『新撰21』の売り上げ次第では今回入らなかった41歳以上のアンソロジーとか、次なる企画も出てくるかもしれない)。シンポジウムの資料として略歴と自選5句が配布される予定なのでご来場の方は会場でご覧いただきたい。介護俳句から前衛句まで作風バラバラの百句を出した報いで、見本としてはどう選んでも違和感が残ったが、湊圭史さんが小論でうまく批評的な筋道を通してくれた。
句の見本としては以前週刊俳句に載せてもらった10句の連作「60億本の回転する曲がった棒」がそっくり収録されているのでそちらを参照してください。
21人目、鴇田智哉(ときた・ともや)。いよいよ大トリである。
俳句研究賞受賞のときから私も注目していた何とも不思議な作者で、作風はその頃から完成されており微塵もゆるがない。微塵もゆるがないで作っているのがどういう句かというと、実体感を欠落させた亡霊的薄明世界のふよふよとゆるぎまくる句なのだが、これはちょっと真似手がいない。技術だけでどうにかなることではないのだ。
俳人協会新人賞。「魚座」終刊後「雲」に入会し、現在そちらの編集長。
ゆふぐれの畳に白い鯉のぼり 鴇田智哉
ぶらんこに一人が消えて木の部分
十薬にうつろな子供たちが来る
ゐるはずの人の名前に秋が来る
人参を並べておけば分かるなり
俳人以外なじみのない呼び方かもしれないが「十薬(じゅうやく)」はドクダミ。白い十字型の花が咲きます。
【参考ブログ リンク】
海馬 みなとの詩歌ブログ
『新撰21』鑑賞: 九堂夜想
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/783/
『新撰21』鑑賞: 関悦史
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/784/
『新撰21』鑑賞: 鴇田智哉
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/785/
ogihara.com 鴇田智哉
http://ogihara.cocolog-nifty.com/biscuit/2009/12/20091213-85a4.html
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http://dzv00444.dtiblog.com/blog-entry-2477.html
週間俳句
九堂夜想の一句 巨匠との奇妙な問答 ……関 悦史
http://weekly-haiku.blogspot.com/2009/12/21_472.html
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『新撰21』の抜粋紹介、16人目は矢野玲奈。
外国暮らしの長かった人らしく、10代でヒップホップダンスやフラメンコ、20代で活花に接し、俳句を始めたのは父に誘われ、花火大会の夜に訪問したマンションで句会に巻き込まれてからとのことという。
星野高士、星野椿の指導を受け「玉藻」に投句、去年から星野高士の紹介で有馬朗人の「天為」にも投句。星野椿の母が星野立子、祖父が高浜虚子となるので、師系的には伝統系。《今日の日はおとぎの国の暖かさ》等の素直な明るさが、様々な作者が並んだ中で際立つ。
モナリザの微笑の先の水羊羹 矢野玲奈
クリスマスツリーばかりの街にゐる
ぎちぎちと革手袋の祈りかな
スケートのはればれしたる刃音かな
秋風に富士のだんだん見えてきし
17人目、中村安伸。ここから個人的にも親しい人が出てくる。豈weeklyの編集でお世話になっています。
超結社句会「もののふの会」、「海程」投句を経て「豈」同人。履歴を詳しくうかがったことはなかったが祖父の影響で10歳の頃というので、俳句を始めるのは早かったらしい。
身近にすぎて却って真価がわかりにくかったが、言葉で無意識の領域に迫ろうとする絢爛たるシュール句が並び、伝統芸能の素養、パロディ句、前衛短歌的美意識等が入り混じってかなり面白い。
殺さないでください夜どおし桜ちる 中村安伸
春風や模様のちがう妻二人
京寒し金閣薪にくべてなお
鳥帰る東京液化そして気化
どの窓も地獄や春の帆を映し
18人目、田中亜美。現俳の勉強会などでよく顔を合わせていて、身近にすぎて却って真価がわかりにくかった人その二である。金子兜太に師事し、海程新人賞、現代俳句新人賞受賞。
短歌的な、女性の透き通るようなさびしさを、現代ドイツ詩(特にパウル・ツェラン)研究者ならではのレトリックで俳句にしたてている(要するに俳句外の要素で組み上げている)という印象を個人的には持っていたのだが、今回の百句を見ると一皮剥けて相当に深化した様子。《雪・躰・雪・躰・雪 跪く》のイメージのモンタージュ的重層と一字空白を置いてのエクスタシー的崩落感が凄い。「エロスと知性の融合」(座談会での高山さんの発言)。
受胎とは瞼へ羽毛雪明かり 田中亜美
アルコール・ランプ白鳥貫けり
うるむのはやはらかき虚無かたつむり
父といふ飲み干せぬ水曼珠沙華
いつ逢へば河いつ逢へば天の川
【参考ブログ リンク】
海馬 みなとの詩歌ブログ
『新撰21』鑑賞: 矢野玲奈
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/778/
『新撰21』鑑賞: 中村安伸
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/780/
『新撰21』鑑賞: 田中亜美
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/781/
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矢野玲奈 中村安伸
http://dzv00444.dtiblog.com/blog-entry-2476.html
田中亜美
http://dzv00444.dtiblog.com/blog-entry-2477.html
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『新撰21』のサンプル抜粋5回目ですよ。
だんだん年長になってきて、今回は昭和51年(1976年)生まれが2人、昭和50年(1975年)生まれが1人。
13人目は豊里友行である。
先日、句集『バーコードの森』を送っていただいた沖縄のフォトジャーナリスト兼俳人で、現在は「海程」に投句。社会性や風土とがっぷり組み合って斬新なメタファーに結晶させる、句柄も行動も熱い人という印象。
豊里氏の句集については豈weeklyでまとめて引いたので、興味のある方はそちらもどうぞ。
基地背負う牛の背朝日煙り行く 豊里友行
逃げ水がテロも戦も孕んでいる
轟音の鼠となり空齧るフェンス
月も太陽(ティダ)も魚鱗の響(とよ)み島暦
青バナナむけば炎の鮫になる
14人目は今年の角川俳句賞受賞者、「澤」同人の相子智恵。
単に堅実な写生というだけの人ではなく、厚みも押しもユーモアもあり、気取らない陽性な作風。「澤」らしいシニカルな都市風俗写生の要素もある。
代表句《一滴の我一瀑を落ちにけり》は「澤」の伊豆吟行会という大舞台で出来てしまった句らしい。滝を見ていると吸い込まれそうになるという身体感覚の裏づけもあってスッと伝わり、「我」が一瞬のうちに宇宙的大奔流の一員と化す。読者まで一緒に引き込まれそうな喜ばしくも豪快な句。
プリンやや匙に抵抗して春日 相子智恵
太郎冠者寒さを言へり次郎冠者に
初雀来てをり君も来ればよし
冷やかや携帯電話耳照らす
夢ヶ丘希望ヶ丘や冴返る
15人目、五十嵐義知。
有馬朗人主宰の「天為」に所属。
『新撰21』の中では数少ない土着性とモノの写生の作家で、そこからゆくゆくは飯田龍太的に勁く澄んだ抽象性の領域にまで達しそうな気配がある。
棒杙のあたりに凍つる流れあり 五十嵐義知
雪解けにゆがむ盥を洗ひけり
六つ目の大陸に着く絵双六
山の端の光の帯や酉の市
大根の乾ききらざる軒端かな
【参考ブログ リンク】
海馬 みなとの詩歌ブログ
『新撰21』鑑賞: 豊里友行
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/774/
『新撰21』鑑賞: 相子智恵
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/776/
『新撰21』鑑賞: 五十嵐義知
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/777/
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豊里友行 相子智恵 五十嵐義知
http://dzv00444.dtiblog.com/blog-entry-2476.html
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『新撰21』を3人ずつで機械的に区切っていくと、ここが一番落差がものすごいことになるブロックではあるまいか(冨田→北大路が…)。
10人目、村上鞆彦は昭和54年生まれ(1979年。若い順なので、10人目にしてようやく80年代以前まで来た)。「南風」同人で鷲谷七菜子、山上樹実雄に師事。
「澤」の20代・30代特集への寄稿などを見ると、有季定型の枠を守って詠む立場らしい。堅実というかわりとハードで押しの強い写生と、そこから出てくる抒情性が特色。《真清水にたくさんの手の記憶あり》などは重層性と澄明さが両方同時に出ている。
獅子舞のあとの塵泛く日差しかな 村上鞆彦
割れ鏡けふ卒業の髭を剃る
花の上に押し寄せてゐる夜空かな
父の日の夕暮れの木にのぼりけり
枯蟷螂人間をなつかしく見る
11人目、冨田拓也。言わずと知れた第1回芝不器男賞受賞者。このときの登場ぶりは月並みながら本当に「彗星のよう」という印象だった。誰にも師事せ ず、結社にも入らず、塚本邦雄や新興俳句を読み込み、内面の深淵から清新な詩性をつかみ出す鮮烈な緊張感ある作風を独学で築き上げ、われわれの前に突如姿 を現わしたのである。
現在は無所属を通したまま、豈weeklyに毎週ほぼ欠かさず寄稿中。《魂匣(たまばこ)の流れ着くなり実朝忌》など詩的な語に賭けた作りも多く、難字難訓もときどき出てくる。
気絶して千年氷る鯨かな 冨田拓也
日の銅(あかがね)月の鉱(はがね)と雁渡る
晩秋の夢殿を掌(たなごころ)かな
月魄(つきしろ)の透りて氷割れむとす
花冷えの鍵は鍵穴にて響く
12人目、北大路翼。名前はよく聞く方なのだが、今回初めて顔を知った。白塗り、坊主頭で暗黒舞踏のような写真が載っている。高校在学時に今井聖の「街」入会。成人漫画の原作等を経て、会田誠、加藤好弘(ゼロ次元)らに出会い俳人としてパフォーマンス参加とある。
掲載百句中「女 LOVERS」の章は私小説的18禁俳句を並べたてての、捨て身の露悪・偽悪パフォーマンス(ここからも見本に一句引いておく。5句目がそれ)。
飛花落花解雇通知は紙一枚 北大路翼
迷子センターアロハの父が謝り来
たましひの寄り来ておでん屋が灯る
目と鼻に惚れたとマスクの女に言ふ
まいたん☆
陰茎が触れて蛙が触れない
全体に素材のどぎつさに比べて詠み口は意外とあっさりしている。
「女 LOVERS」の中の、「おねえちゃんは元気ですか、ちいちゃん」との前書きのある、一句《変態といはれて嬉し日焼け向く》は、明らかに中曽根康弘元首相 の《したたかといわれて久し栗をむく》を踏まえている。生年不詳のまま載っているのだが、リクルート事件の証人喚問なんて、テレビで見たような年なのだろ うか。
【参考ブログ リンク】
ogihara.com
http://ogihara.cocolog-nifty.com/biscuit/2009/12/2009127-0fac.html
冨田拓也
http://ogihara.cocolog-nifty.com/biscuit/2009/12/2009128-83b4.html
北大路翼
http://ogihara.cocolog-nifty.com/biscuit/2009/12/20091217-6ccd.html
海馬 みなとの詩歌ブログ GO!LEAFS!GO!ぶろーぐ 週間俳句
『新撰21』鑑賞: 村上鞆彦
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/770/
『新撰21』鑑賞: 冨田拓也
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/772/
『新撰21』鑑賞: 北大路翼
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/773/
村上鞆彦
http://dzv00444.dtiblog.com/blog-entry-2475.html
冨田拓也 北大路翼
http://dzv00444.dtiblog.com/blog-entry-2475.html
北大路翼の一句 夢は夜ひらくのだ ……山田露結
http://weekly-haiku.blogspot.com/2009/12/21_27.html
投稿情報: 17:23 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
『新撰21』からの抜粋紹介第3回は俳壇周知のスター2人と、花鳥諷詠客観写生の人というブロックになる(なおこの抜粋紹介シリーズは、もともと某SNS内で俳句には普段なじみがないが興味は持ってくれそうな知人たちに向けてアップした記事をほぼそのまま移築しているので、俳句に詳しい人には今更なことも結構書いてあります)。
7人目、神野紗希は21人中、一般の知名度では一番ではないか。
NHK-BS『俳句王国』の司会は平成16年からというからもう5年になる(あの番組、1時間の番組を1時間で収録するという、つまり無編集のほとんど生放送のような作りをしているらしい。胆の小さい人間には務まりそうにない)。
俳句甲子園を経て、第1回芝不器男俳句新人賞坪内稔典奨励賞。現在お茶の水女子大博士課程で新興俳句系を中心に近現代俳句を研究中。今回の座談会を見て私も初めて知ったが、有名な《起立礼着席青葉風過ぎた》は俳句甲子園の最優秀賞ではなく、最優秀を取ったのは《カンバスの余白八月十五日》の方だったとのこと。現在はより陰影や俳諧味の深まった作風を展開中。
目を閉じてまつげの冷たさに気づく 神野紗希
ブラインド閉ざさん光まみれの蜂
冬蜘蛛の呼吸その巣に行き渡る
明け方の雪を裸足で見ていたる
涼しさのこの木まだまだ大きくなる
8人目の中本真人は作句信条に「花鳥諷詠・客観写生・多作多捨」と掲げている(いわゆる若手作家の中では稀少なのかそれとも案外まだいるのか)。三村純也に師事。「山茶花」同人。どうでもいいことながら、この方の名前、縦書きにすると字面が左右対称になり、意味上もど真ん中の本物という字ばかりで出来ている。本名だろうか。
高山れおなさん曰く「花鳥諷詠の良さというのは、じつは馬鹿っぽさ」「知性を払いのけられる知性を感じました」。ということで写生ならではのユーモアが持ち味。
子の頭撫でてなまはげ帰りゆく 中本真人
なまはげの指の結婚指輪かな
遠足を離れて教師煙草吸ふ
払ひたる手の甲に蠅当りけり
類焼の道路標識焦げにけり
9人目は“俳句の王子様”、既に俳壇の中心人物の一人高柳克弘。
藤田湘子に師事。若くして俳句研究賞を受賞し、湘子没後、大結社「鷹」を継いだ小川軽舟の下で編集長に就任。『凛然たる青春』で俳人協会評論新人賞。今年第1句集『未踏』を上梓。80年浜松生まれとあるので、このキャリアでまだ29歳。湘子の師が水原秋桜子。有季定型の中での若々しく清新な抒情という特質は、この高柳克弘にまで脈々と受け継がれている。
ことごとく未踏なりけり冬の星 高柳克弘
木犀や同棲二年目の畳
桜貝たくさん落ちてゐて要らず
つまみたる夏蝶トランプの厚さ
サイダーや草になじめる椅子の脚
【参考ブログ リンク】
海馬 みなとの詩歌ブログ
『新撰21』ウェブ上の反応
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/766/
『新撰21』鑑賞: 神野紗希
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/765/
『新撰21』鑑賞: 中本真人
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/767/
『新撰21』鑑賞: 高柳克弘
http://umiuma.blog.shinobi.jp/Entry/768/
GO!LEAFS!GO!ぶろーぐ
神野沙紀 中本真人
http://dzv00444.dtiblog.com/blog-entry-2471.html
高柳克弘
http://dzv00444.dtiblog.com/blog-entry-2475.html
週間俳句
神野紗希の一句 広がってゆくということ ……村田篠
http://weekly-haiku.blogspot.com/2009/12/21_5983.html
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